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    心下痞、心下痞硬について h25.4.16
 
1)日本漢方では「心下痞硬は心下が痞えるという自覚症状(心下痞)と 同部位に抵抗圧痛の他覚的所見を認める。 病態>心窩部を中心とした抵抗は通常、腹直筋などの腹筋の緊張をともなわず、圧痛もないとされる。USGにて肝左葉の軽度腫大の報告あり。」
また「胃内停水がなければ気滞」という考え方があるが、これは傷寒論の「水之为病,其脉沉小,属少阴。浮者为风。无水,虚者,。水,发其汗则已。脉沉者,宜麻黄附子汤,浮者宜杏子汤 。」に由来すると思われる。

→考えるに、上記の病機は、明確でない。これに関しては、以下の論文にまとめたので、参照されたし。

心下痞、心下痞硬の中医学的解釈     
梅の木中医学クリニック(愛媛中医研)  川又正之   
諸言>前回、老中医の「胃脘痛の弁証要点」1)を検討したが、今回は「日本漢方の腹診所見を中医学的にいかに解釈するか」を考えたい。まずは心下痞、心下痞硬を中心に腹診所見を考察した。独断にならぬよう、諸家の意見、文献の記載を敷衍し、腹診例はなるべく日本漢方家(大塚敬節、山田光胤両氏)の症例を利用した。番号のみは大塚氏の『漢方診療三十年』2)の症例番号で、p番号は山田氏の『漢方処方応用の実際』3)の頁数である。まずは以下の要点に沿って解説を進める。1)心下の場所はどこか?2)心下痞は自覚的所見のみか?3)心下痞(自覚的、他覚的)のおこる機序はなにか?4)心下痞梗のおこる基本的機序は何か?5)狭義の心下と膜原、6)実際の症例との相合検討、7)傷寒論の心下痞梗の区分、8)脾虚の心下痞硬の特異性。
考察>1)心下の場所はどこか? 徐霊胎によれば、「胃と心の間(心下痞)」4)である。診断学5)によれば「心下痞とは心下と胃脘部のつかえた症状」とある。まとめると狭義では「胃と心の間」であり、広義では「心下(狭義)と胃脘部を含めた場所」になる。小川氏6)も心下を「心部と脾部にわける必要がある」としている。2)心下痞は自覚的所見のみか? 漢方医学7)では「痞とは自覚症状でつかえる感じ」としている。しかし大塚氏は心下痞を自覚的所見ばかりでなく、他覚的所見としても捉えている。「腹診するとみずおちがつかえ、心下痞鞕の状がある。症例132」「腹診上、やや上腹部がつかえている感じで抵抗がある。152」など。また心下膨満感も他覚的に捉えている。「腹診すると、みずおちはやや膨満し、373」おそらく大塚氏は、その必然性を感じていたのだろう。張景学も同様の認識をもっていた。例えば、心下痞は教科書では痞満として記載されていて、その満は自覚症状としての膨満感であり無形である。張景岳は、「痞は無形であるが、満は脹に通じ有形である」8)として問題提起している。すなわち他覚的に見られる心下痞、膨満感が正当に認識されていない。他覚的心下痞(圧迫にて感じる痞えと、触れて感じる膨満感)の考え方は、導入されるべきだと考える。
3)心下痞(自覚的、他覚的)のおこる機序はなにか?  心下痞(自覚的)のおこる機序は「脾胃寒熱挟雑、昇降失調証」9)が基本である。「本証は傷寒論で心下痞といわれているものであり、『痞証』に属する。外感病のみならず、内傷雑病に数多く見られる。内傷雑病では、脾気虚から寒が生じ、脾気が上らず、胃陽が旺盛なため熱が生じ、胃気が降りなくなって起こる。主症;心下痞、嘔吐、悪心、噯気、腹鳴、下痢。無形の邪だから圧痛ない。」としている。つまり自覚症状の心下痞は寒熱挟雑、升降失調でおこる。それから類推すると他覚的心下痞は、「用手の圧迫で気の升降が阻滞されて、生じるつかえ感。」といえる。実際臨床の場では、心下を押さえた時に、それほど硬くはなく圧痛もないが、圧迫されて不快でつかえ感を感じる所見が散見される。
4)心下痞梗のおこる機序は何か
「脾胃寒熱挟雑、昇降失調証」(脾胃不和とする)の状態が進行すると①脾陽虚、胃気虚寒、②胃陰虚、胃有郁熱、③脾虚水湿、やがて湿熱④気滞血瘀の進展がある9)という。景学全書8)では「実痞実満(痞満+邪、滞、脹痛)は散じて消すべし。虚痞虚満(痞満のみ)は温補すべし。」として実痞、虚痞の区別をしている。董建華(元北京中医薬大教授)は、虚痞を痞満10)(心下痞)として捉えている。乃ち虚痞が心下痞であり、実痞は邪が停滞した心下痞梗と考えられる。小川新氏も「心下痞では抵抗はあまりない、しかし古くなると抵抗もつよくなり範囲もひろがる」11)として、心下痞が徐徐に心下痞梗になっていく過程を説明している。ここで心下痞梗の意味について確認しておく。大塚氏は「心下痞鞕とはみずおちがつかえて硬くなっている意味である。130」としている。『漢方医学』によれば「痞は自覚的なつかえる感じ、硬は他覚的な抵抗」とある。すなわち、心下痞梗とは「心下痞(自覚的および他覚的)+抵抗~硬い」ということになる。ところで、董建華は胃脘痛の場合、「脾胃不健で飲食失調、六淫、情志失調から気滞、血瘀、熱蘊、湿阻、痰凝などの邪気がともなって、実痞をつくる。それが変化して虚痞を形成する」10)としている。これは前者と相違した見解である。この原因を調べるため、大塚、山田両氏の症例から、「脾胃の病で心下痞、心下痞梗があり、年数の記載のあるもの」をすべて探し出し検討してみた。(表1、表2、表3)
表1 胃病


症状

腹診所見

症例番号or頁数

2日前から、上腹部痛

心下痞梗

p68

神経質になり心下痛が1週間

心下痞梗

178

空腹時胸焼けと胃痛で10日

心下痞梗

134

胃潰瘍で1月続く胃痛、

心下痞梗痛

139

3月前に胃潰瘍診断、上腹部痛

心下痞梗痛

151

胃潰瘍手術後5か月、噯気

心下痞梗

132

10か月前から口内炎、

心下痞梗

152

2、3年前より胃痛嘔吐

心下痞梗なし、腹部軟弱。

215

3年前より胃潰瘍、食後3時間後の胃痛と胸やけ

心下痞梗なし、胃部は膨満し正中線よりやや左に圧痛

359

3,4年前より胃酸過多症、胃痛と背中痛

心下膨満、幽門圧痛

373

 

 

表2 脾病


症状

腹診所見

症例番号or頁数

70日前から腹満痛、便秘結、食欲不振、腹中雷鳴、

心下痞

p276

1月半前より慢性下痢、

心下痞

180

9か月前から生唾、

心下痞硬、

p289

1年前から下痢、その後、背中に鈍痛、

心下痞梗

p160

3年前から腹脹、軽い腹痛

心下痞梗痛
心下に著明な振水音

p138

数年来、下痢と夜間頻尿、

心下痞梗

193

表1,2.の詳細(表3)


番号頁数

主訴

腹診所見

その他の所見

治療

p68

2日前より上腹部痛

上腹部部全体がやや膨満して硬く張っている。S字状付近は所見なし。

左の下腹部痛、S字状付近痛

黄連解毒湯

178

右脇下痛。痞えた気持ち、夫ががんになり神経質、食欲少

1週前よりみずおちが痛む、痛むときはそこが硬くなる。腹は全体に膨満、振水音著明。

心下痛の時、そこが硬くなる。グル音がして下がると痛み、硬さがとれる。

人参湯

134

10日前より空腹時にむねやけと胃痛

心下痞鞕があり、腹がごろごろなる。

胃酸過多症

生姜瀉心湯、3日で回復

139

1月続く胃痛、胃潰瘍診断

胃張るというが他覚的には膨満認められない。ただみずおちから臍上に抵抗と圧痛があるだけである。

腹鳴、失気、背痛。脈小弱、苔白湿。酒、たばこ、高血圧

椒梅瀉心湯(半夏瀉心湯+蜀椒、烏梅)

151

空腹時痛む上腹部痛。3月前に胃潰瘍診断。

上腹部は全般的に緊張している。臍上4cmに圧痛点

甘食で酸水あがる、大便黒い、脈弦大

黄連解毒湯加釣藤3黄耆3

132

噯気。胃潰瘍手術5か月後

腹診するとみずおちがつかえ、心下痞鞕の状がある。

噯気が多い

半夏瀉心湯

152

10か月つづく慢性潰瘍性口内炎

腹診上、やや上腹部がつかえている感じで抵抗がある。すなわち心下痞梗である。

 

黄連解毒湯加甘草2

215

2.3年前より、疲れると胃痛、激しく嘔吐

腹部は全体に軟弱。胸脇苦満、腹直筋の緊張なし。

指頭で腹壁刺激すると腸管蠕動する。

大建中湯

359

3年前より胃潰瘍。食後3時間後の胃痛と胸やけ

胃部は膨満し、正中線よりやや左に圧痛。

舌白

清熱解郁湯(山梔子3川芎2枳実2蒼朮1黄連1陳皮0.7乾姜0.7甘草1)

373

胃痛と背中痛、3.4年前に胃酸過多症と診断

みずおちはやや膨満し,幽門付近に圧痛。

脈やや頻数

甘連梔子湯、一回飲むと胃痛へる。

p276

70日前から腹満痛、便秘結、食欲不振、腹中雷鳴、

心下痞、臍左傍から小腹にかけて硬結あり。

時に急痛、心下に逆上

当帰四逆加呉茱萸生姜

180

1月半前より慢性下痢、1年間より痩せはじめる

腹は全体的に膨満の感じで心下は特に痞えた感じ。

舌には苔ない、湿。

甘草瀉心湯で下痢ひどくなり、人参湯で下痢がやむ。

p289

9か月前から生唾食後に吐く。

心下痞硬、臍上動悸>腹部は肉付きふつうで、心下部胸骨剣状突起の直下に抵抗があり、臍傍の左上に動悸の亢進ふれた。

喉、胸痞え、心窩部ちりちり痛む。夜間心臓がどきんとする

人参湯

p160

1年前から下痢、その後、背中に鈍痛、慢性膵炎と診断。

腹壁薄く、剣状突起下に抵抗圧痛、心下に振水音、腹直筋が両側攣急、右上部で抵抗強く圧痛。

左腹直筋は臍下圧痛。体格中等、やせ形、冷え症、顔色蒼白、脈小緩、

柴芍六君子湯

p138

3年前から腹脹、軽い腹痛

腹壁薄く、たるんで緊張ない、心下抵抗、剣状突起下圧痛。

心下に著明な振水音

香砂六君子湯

193

数年、夜間多尿と下痢。下痢は軟便で後は水様便

心下部はかたい。

腹痛、里急後重なし。浮腫、口渇なし、食欲有脈芤,白苔湿

附子理中湯

症例検討から言えることは、胃病では初期は心下痞梗が多く、約2年経過すると他覚的膨満感が主になっている。脾病では初期は心下痞で、9か月過ぎると心下痞梗になっている。心下痞、心下痞硬の形成には、胃病主体の場合と、脾病主体の場合に分けて考えることが肝要である。
5)狭義の心下と膜原
狭義の心下は「胃と心の間」であり、膜原に近接している。膜原(狭義)は「胸膜と膈膜の間」12)にあり、「三焦の門戸」13)である。三焦とは「水と気の通路として重要な所で、脾胃の気が昇降するほか、心肺の気下降、肝腎の気が上昇する場である。」14) つまり脾胃升降失調からくる痞、痞硬が心下にできるのは、三焦の気機失調が膜原を通じて、腹部表面の心下に反映するからと推定できる。また、この膜原は、口鼻から入った外邪(湿温)がやがて詰まる所であり14)、寒邪が肌表を通じて侵入してくる所15)でもある。一方、傷寒論では心下は、熱邪と痰飲が結びついて結胸を起こす場16)であり、また伏邪(支飲)が慢性的に潜伏して「心下有水気」17)となる所である。つまり外邪が裏の膜原に入り停滞すると、腹診上、心下に見て取れることを示している。ここで自験例を提示する。(漢方では外感病にふつう腹診をしないので症例が少ないため)
症例1>37歳女性、昨日より発熱、本日は38.5度、悪寒少し、側頭部に頭痛と頭重感、咳少、痰少で透明、咽痛なし、口干少飲、冷飲好。食欲なく悪心、空腹感あるが食べられない。心下に痞硬痛、インフルエンザA型。脈沈細軟稍数92/分、舌淡紅、胖やや歯根、薄白苔。湿温邪気の膜原入裏として柴胡達原飲加減処方。2日目に解熱、3日で回復して痞硬もなくなる。この処方は、膜原に痰湿が詰まった者を治す処方である。つまり外邪(湿温)が膜原につまり、その表現形は心下痞梗であるといえる。
6)実際の症例との相合検討(表4)
上記の見解と実際の腹診症例から、心下痞、心下痞硬の原因は以下のように演繹できる。外邪、脾胃の気の昇降失調、心腎の昇降失調、肺肝の昇降失調、またそれらに肝の疎泄失調が影響しておこる場合、一臓からの失調による場合等である。まず(1)外邪によってできる場合だが、さらに病因により以下の症例がみられた。①風湿熱、湿温などの温病(症例136-1、自験症例1)、②風寒邪気の傷寒(221)、③結胸(p195)、④痰飲(支飲)(p208)などの伏邪。(2)脾胃の気の昇降失調の場合は、すでに上記で解説ずみであるが,まとめると、「①脾病が主の脾胃不和の時、昇降失調して心下痞を呈し、そこに邪(水湿、痰湿、湿熱、寒凝、瘀血または気滞)が集結して、心下痞梗になる。②胃病が主の脾胃不和の時は、さきに心下痞梗ができて後にそれが解消して心下痞が残り、虚痞になっていく。」となる。症例は130、134。
(3)心腎不交の場合、症例145では、心火亢進し不眠になり、上下が相済できずに心下で気が停滞して膨満感おこしている。傷寒論の熱痞に相当する。
(4)肺肝の升降失調の場合、症例245では、胸部の支飲が化熱して心下痞梗を起こしている。(5)肝の疎泄失調が影響しておこる場合、症例87では、胸脇苦満の肝郁から犯脾して升降失調し、陽明経の顔面にしびれが出現して心下は膨満している。(6)脾胃、心腎、肺肝の二臓の升降失調だけでなく、一臓からの失調からでも心下痞、心下痞梗が形成される場合がある。たとえば、症例180,193では、①脾の虚から、心下痞、心下痞硬が形成されている、一方症例373,151では、②胃の熱から心下痞、心下痞梗が形成されている。症例350では、③陽明病で大腸実熱が起こり、表裏をなす肺の粛降が阻害されて心下痞を起こしている。以上のように、多種多様な形成原因が見られたが、これは膜原、三焦の病機の多様性に由来すると考えられる。

 
 
 
 
 
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