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    肝気虚によるうつ病と不安障害の4症例(後篇) 梅の木中医学クリニック   川又 正之
中医臨床、通巻153号 掲載 

【初めに】           
前回「肝気虚によるうつ病と不安障害」を投稿1)した。うつ病や不安障害では肝気虚の症例が見落とされている事と、不安障害でもやる気のない不安障害には肝気虚も関与しているだろうという事を述べた。今回は自験症例を提示して検討してみた。
症例1:女性21歳、X年4月1日初診
【主訴】イライラ、やる気ない、憂郁、頭痛。
【現病歴】上記の症状が16歳から出現する。最初は月経前の2週間だったが、この1年間は毎日あるようになった。近医で女性ホルモン治療するも吐き気、憂鬱が増強して中断した。心療内科を勧められたが、安定剤内服がいやで当院初診となる。
【四診】体が重い、口渇少飲。目痛干燥。眩暈、イライラ、不安感、喉詰まる、やる気がなく憂鬱。立ちくらみがする。動悸はない。易驚は少し。毎日、頭痛と共に吐き気がする。月経前中期に精神症状が強くなり、胸が張り胃が熱くなり食欲増加して寝汗もでる。月経後から下痢して食欲がなく腹脹し足顔がむくむ、体重が44kgから48kgに肥えた。手足、顔がほてる。便は1回/7日、先硬後軟で泥状、イオウの臭い。時に2週間便秘。腹痛して便出て、排便後痛み消失。睡眠11pm~10am、入眠に2時間かかる。断眠は2回/日。SDS:57点。脈診:R沈細無力、L細弦軟。舌診:舌淡紅、薄白。腹診:右胸脇苦満少し。
【弁証】肝郁、肝気虚、陰虚内熱、脾気虚湿困食積胃熱
【処方】蜜炙黄耆5西洋オトギリ草5白朮8鶏内金2麦門冬10黄連3夜交藤5柴胡5芍薬5枳実8丹参8竜骨10牡蠣10
【経過】初診時は郁よりイライラが強かったので柴胡5芍薬5黄連3として蜜炙黄耆は5gに控えた。第3診にはイライラが軽減し、第4診では落ち込みが酷くなってきたので蜜炙黄耆を8gに増量した。第5診には落ち込みがほぼなくなりイライラも減っていた。その後は軽快して、月経前少しのイライラと便秘が残る程度になり4か月で終了となる。
【解説】月経前緊張症が中等度のうつ病に移行した患者である。郁よりはイライラの方が強くやる気のない状態であった。不安も少しある。イライラが軽減してからの中等度郁の落ち込みには蜜炙黄耆8gへの増量が有効であった。西洋オトギリ草はうつ病に効果あることが多いのでよく利用している。蜜炙黄耆は黄耆より効果があった経験からよく利用している。
症例2:女性、45歳、X年4月25日初診
【主訴】手指に疣贅、不安、強迫観念
【既往歴】32歳:強迫性障害  43歳強迫性障害、尋常性疣贅、
【現病歴】45歳に疣贅が手指に8個再発した。疣贅が増える恐怖と自分が触れるものにウィルスがつく気がして物が触れずイライラする。仕事でミスしてないかいつも不安がある。心療内科で強迫性障害の診断でランドセン®、レンドルミン®を1か月服用している。疣贅と不安で来院する。
【四診】体だるく目が疲れる。イライラ、目の下がぴくぴくする、不安が強い、やる気ない、憂鬱、不決断、易怯、心煩、物忘れがひどい。ストレスで胃痛が1回/週~2回/週、食後眠い、体重が55kgか49kgに減る。頭鳴が42歳から毎日一日中、喉よく腫れる、集中力ない、口干。便2回/日、食後に軟便、臭(-)。小便8-10回/日、睡眠0~5:30am、入眠はマイスリー®がないと2時間かかる。朝4時半からはうとうと。SDS53点。月経周期順調、経量多い、鮮紅色。舌診:淡紅、薄白、歯痕、一部剥苔。脈診:R沈細弦、L沈細軟。腹診:腹力軟。 
【弁証】風熱毒、肝郁、肝胆気虚、心陰血不足、脾気虚     
【処方】蜜炙黄耆8西洋オトギリ草8白朮5山薬5柴胡5竜眼肉8板藍根3大青葉3薏苡仁5竜骨10珍珠母10紫花地丁3
【経過】
第3診:疣贅が1個になり物に触れるようになり元気出るがイライラが増えた。レンドルミン®、ランドセン®は自己判断で初診から断薬していた。
去;紫花地丁、西洋オトギリ草  加黄連3、麦門冬10
第7診:日中ずっと横になりやる気ない。毎日3回親にひどく怒る、イライラ強い。疣贅がまた少し出てきて不安も激しい。不眠。毎日親に何度も死にたいと訴える。夜に海へ行って死のうとするが死ねなかった。心療内科で入院勧められる。SDSが65点になったので認知療法と呼吸法、運動療法も指導。
【弁証】肝郁、心陰血不足。
【処方】柴胡5芍薬5白朮5黄連5生地黄8百合10西洋オトギリ草15竜眼肉8酸棗仁8石菖根8遠志8川玉金5竜骨10珍珠母10
第12診:イライラない、怒りは減った。やる気がない。不安が強い。食事も食べたくない。不眠はへった。脈診:細弦数。舌診:淡紅舌薄白膩苔、剥苔
【弁証】肝気虚、心陰血不足
【処方】蜜炙黄耆12百合10生地黄10党参5柴胡5芍薬5白朮5西洋オトギリ草15竜眼肉8石菖根8遠志8川玉金5竜骨10小麦20+補中益気湯エキス7.5g・甘麦大棗湯エキス7.5g/日
第17診:死にたいという気持ちはこの2週間はない。家事をやっていて楽しい。8月30日以後は外来でいつも笑顔が見られる。
第19診:家の掃除や食事作りができている。友人から元気になったねといわれた。SDS36点
第26診;八味地黄丸エキス7.5g/日+桂枝加竜骨牡蠣湯エキス7.5g/日のみに変更。
X+1年6月: 軽快にて治療終了となる
【解説】やる気のない重症郁の患者である。疣贅に対する不安恐怖障害には蜜炙黄耆8西洋オトギリ草8、安神薬の竜眼肉・竜骨・珍珠母が有効であった。第7診、イライラが激しく、郁が酷い時は黄耆を除き、柴胡、黄連、芍薬+百合地黄湯を主にした。その後イライラへるが郁、不安が持続するので再び蜜炙黄耆を12gで、小麦は20gを新たに加えたら、郁・落ち込み状態が軽減していった。途中酸棗仁8gの投与で不眠は減ったが落ち込み不安には効果なかった。
症例3:女性、50歳、X年9月26日初診
【主訴】不安、動悸、恐怖心
【現病歴】40歳ころから不安、動悸がでてきた。心療内科でSSRI等を4年間服用した。長期連用は嫌なので、それ以後は不安が起こりそうな時にワイパックス®1錠とデパス®1錠を飲んでいる。不安でスーパーのレジに並ぶことが困難で、飛行機、電車には乗れないし、また高速道路、トンネルも運転できない。今年の4月から役員になったので会議が増えた。会議の前には、震え、恐怖心と動悸が起こる。薬内服しても息は苦しく、手が震えて疲れが残り毎日うつ状態が続いているので当院来院。
【四診】疲れやすい。目が疲れる、頭痛(額部)、頬が時にぴくぴくする、4月から不安がふえ毎日落ち込んでいる。会議の前にはドキドキ、ソワソワ、恐怖心が起こる。しかし易驚はない。やる気はある。食欲はない、腹脹してガスが多い、体重が5kg減少。便は1/日、バナナ状。尿は5~6/日、夜間尿は1~2/日。睡眠23~5:30、入眠に1h要する、断眠は1~2回/日ですぐ寝る。月経量多い、暗紅色、血塊3個、経痛強い、経中に頭痛2.3日ある。
脈:R沈細滑、関尺軟 L沈細軟。舌診:淡紅、薄白、歯痕、顫動。腹診:腹部軟、左右胸脇軟、右は少し圧痛。
【弁証】心虚胆怯、心陰血不足、肝腎気虚、脾気不足。
【処方】A)蜜炙黄耆8西洋オトギリ草5竜眼肉8夜交藤5茯神5百合8当帰3芍薬3枸杞子8川芎3麦門冬5五味子2酸棗仁5
【経過】
第3診:食欲亢進、空腹感が出てきた、寝つきは良い、「ベースにあったいやな気持が減った」という。そわそわ減る、動悸なし、断眠なし。
第4診:10月末に祖母が危篤で介護のために毎日片道1~2時間を車で往復している。睡眠時間減る。落ち込みや不安が増える。修学旅行は介護で行けなかった。処方Aの酸棗仁5gを8gへ西洋オトギリ草5gを8gに増量する。
第5診:葬式のあと仕事復帰してすぐに県大会があったが、西洋薬の頓服は飲まず少し嫌な感じで乗り切れた。第8診:大きな会議も乗り切れた。
1月よりエキスのみにする。(桂枝加竜骨牡蠣湯7.5g/日+帰脾湯7.5g/日)
その後、3月~8月は非常に多忙のため煎じ薬とする。9月より再びエキスのみ。
11月には大三島まで一人で高速に乗り、トンネル2kmを運転できた。行く前は少しドキドキしたが乗り切れた。X+2年4月から新学期になり人事異動になったが不安なくのりきれたので投薬終了となる。
【解説】やる気のある不安症例である。仕事に対するやる気はあるが車に乗るとか遠方行くことに不安強く感じて落ち込む。動悸、息苦しさも伴う。心虚胆怯が主と考えられる。酸棗仁、竜眼肉、夜交藤、茯神、五味子、百合の安神薬に蜜炙黄耆8西洋オトギリ草5を加えた処方A)が有効であった。家族が危篤で不安アップの時には酸棗仁5gから8gへ西洋オトギリ草5gから8gへの増量が効果あった。
症例4:男性、22歳、X年8月24日初診   
【主訴】いつも不安、食欲なく悪心、倦怠感、パニック発作
【現病歴】18歳で仕事始めてから朝食後に悪心が2時間続き、昼食の前には緊張して吐きそうになり動悸もでる。食欲もない。昼食中は血の気が引き、体の力が抜けて体がほてり動悸も増える。食べ終わるとましになる。月に1回仕事中にこの症状がさらにひどくなり、急に不安でたまらなくなり、そわそわして落ち着かないパニック発作が起こる。心療内科で薬を約1月服用中しているが改善ないので当院来院する。
【四診】肩こり、体がだるく重い、腹・手足の冷え、口渇少飲、寝汗2.3回/月、目の疲れ、目干燥。イライラ、不安が強い、やる気なく、憂鬱、易驚、動悸。
腹脹、吐き気強い、食後眠い、空腹感あるが食べたくない。腰酸。便は小学生から5回/日、泥状で形なく臭い。尿7~8回/日。睡眠22~6、入眠は2回/週は1時間、断眠は3回/日。SDS64点。レキソタン®2T、ルボックス®2T、サイレース®1T毎日服用。舌診:淡紅、薄白、顫動。脈診:R細滑、L沈細。腹診:腹直筋緊張、横線2本。
【弁証】脾気虚胃陰虚、肝胆気虚、肝郁腎虚
【処方】A)蜜炙黄耆8党参5白朮5鶏内金2山薬8仏手柑5酸棗仁10竜眼肉10合歓皮5百合8竜骨10珍珠母10+縮砂3(後下)
【経過】
第3診:食欲でてきた。便3~4回/日だが形出てくる。しかし吐き気変わらず朝2時間ある。吐き気に対して以下の処方に変更する。
B)人参5白朮5鶏内金5山薬8扁豆5黄連2麦門冬10酸棗仁10竜眼肉10合歓皮5代赭石8莱菔子8厚朴4。その後、サイレース®、レキソタン®も徐々に減量して夜交藤8遠志8も加えた。
第6診:寝つき、断眠は改善する。朝の吐き気は同じ。やる気少しでてきたが不安は強い。便の形でてきたがない方が多い。昼食食べる前に緊張して体がほてる。食べる時に吐きそうになる。
C)蜜炙黄耆10人参5乾姜3白朮5良姜5香附子5山薬8旋覆花5夜交藤5合歓皮5西洋オトギリ草8+竜骨15牡蠣15
これで朝の吐き気少しましになる。不安も減る。
第10診: まだ緊張が強いので以下に変更する。
蜜炙黄耆10人参5白朮5山薬15柴胡3芍薬7酸棗仁8竜眼肉10桃仁5+竜骨15珍珠母1
第12診:自己判断でルボックス®もやめて1か月たつという。昼食前の吐き気と昼食中のえづき、吐き気は2~3回/週に減っている。仕事中のパニックはなくなった。睡眠は寝つき30分,断眠してもすぐ寝るに改善している。緊張も減った。
第14診:昼前の吐き気、昼食中のえづきがこの2週間で0回になる。
便は2.3回/日で形無い方がおおい。
第15診:5月25日から啓脾湯7.5g/日、麦門冬エキス9.0g/日のみに変更して第19診には治療終了となる。
【解説】やる気のないパニック障害の患者(不安障害の一型)で不眠もあった。肝気虚・心胆気虚・肝郁が主であると考えた。酸棗仁、竜眼肉の安神薬は睡眠改善には効果あったが不安と吐き気を主とするパニック障害には反応がなかった。密炙黄耆10gと西洋オトギリ草8gの加味が有効だった。更に緊張をとるために柴胡3芍薬7gの加味も有効だった。肝気虚でも気滞があれば少量の疏肝剤は有効であった。
【結語】肝気虚による情緒低落には黄耆が効果あり、やる気のある不安(心虚胆怯)には酸棗仁が有効であった。やる気のない不安には酸棗仁は効果なく黄耆のほうが効果あった。また不安障害に西洋オトギリ草の加味も効果あった。肝気虚の症例に柴胡剤は良くないという意見もある2)が、症例1、2、4のように少量加味する方がよい場合もあった。なお全症例をつうじて毎日30分~1時間は歩くことを励行しているが、歩く方が効果は高まる印象があった。

 

文献
1)川又正之:肝気虚によるうつ病と不安障害(前篇)、中医臨床152号、p●~p●、2018年
2)篠原明徳:肝気虚の理法方薬<後篇>、中医臨床134号、p60~p64、2013年

 
 
 
 
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