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    弁証と弁病でとらえた多嚢胞性卵巣6症例 梅の木中医学クリニック 川又 正之
中医臨床、通巻142号 掲載 

緒言>
難治性の月経不順、無月経の原因の一つに多嚢胞性卵巣がある。附随症状は比較的少なく、不随症状が取れても無月経だけが残ることもある。今回弁証のみで困難を感じ、弁病からアプローチしたら良好な結果を得たので報告する。ここでの弁病とは、卵胞が発育せず小嚢胞で終わるのは腎精不足とし、卵巣の厚い肥厚は瘀血とする考えかたである。腎虚瘀血が顕著でなくても補腎活血通経すると、全例に排卵周期が得られた。症例は以下の女性患者6例である。1)28歳(既婚)の無排卵周期60日、子宮発育不全。弁証は肝腎不足、陰血不足が主。2)18歳の無排卵周期、子宮発育不全で脾胃不和で気血不足、肝腎不足が主。3)30歳(既婚)の月経不順、月経痛、黄体機能不全で肝経気滞、脾胃不和が主。4)33歳の無月経6カ月で気血不足、肝腎不足、瘀血。5)28歳の無月経4カ月で脾虚痰湿、精血不足、少しの瘀血。6)36歳(既婚)の無月経6カ月、子宮発育不全で脾虚痰湿、精血不足、瘀血である。PCOの診断は日本産婦人科学会の指針(表1)1)により判断した。
表1                          


多嚢胞性卵巣とは
1)卵巣の壁に、小嚢胞形成 2)LHという黄体刺激ホルモン高値持続
3)卵巣から男性ホルモンが分泌 4)卵巣が白く肥厚
5)多毛症、肥満
多嚢胞性卵巣(PCO)の診断基準  (日本産婦人科学会、2007)
1)月経異常>  無月経、希発月経、無排卵周期のいずれか
2)多嚢胞性卵巣>   小卵胞が10個以上
3)血中男性ホルモン高値   またはLH基礎値高値
(7mIu/ml以上でLH>FSH)   かつFSH基礎値正常

症例>
症例1》28歳155cm49kg。主訴は「月経不順60日、経血量少、不安、月経痛」現病歴>20歳から月経周期が30~60日と不順になる。経量も減り、髪の毛も抜けやすくなってきたので来院。生活歴>甘食多い。便1/2日、コロコロで後半は軟。睡眠0~7、運動25分。現症>足膝冷える、疲れやすい、目乾燥、訳なく不安感、易口内炎、易感冒、顔ほてる。月経>初潮14歳、不規則、量少、血塊(小豆大少し)、経痛強い、帯下多い(白黄、粘)。舌>淡紅、黄白苔。脈>R沈滑、L沈稍滑。腹診>臍上動悸少し浮、横筋1本。検査>卵巣はPCO様、子宮発育不全5.4×2.8cm。LH7.10 mIU/L、FSH5.83 mIU/L(以後単位省略)、無排卵周期症。弁証は肝腎不足(肝気虚含む)、陰血不足が主。あと脾気不足で湿熱下注と少しの瘀血で「熟地黄5山茱萸5山薬8当帰5芍薬5黄耆5人参5白朮5黄柏3蒼朮3白芷炭3」を処方する。症状(不安、経痛)は軽減しても基礎体温は低温相持続のため、覆盆子5を加味すると高温相になるが、また反応鈍くなり無排卵になる。枸杞子5鶏血藤5+鹿角膠2で良好になる。しかし、また不良のため充蔚子7加える。充蔚子加えてから高温相になりそのまま妊娠に至る。
症例2》18歳165cm66kg。主訴は「動悸、めまい」現病歴>14歳から毎日、一日中、動くと動悸と眩暈がする。約5秒位が頻回。内科で異常なく、来院。生活歴>水分1~1.5L、便1/日軟、形あり、尿2~5/日、睡眠11~7、寝つきは時に1h、断眠5/週、すぐ寝るが夢多い。現症>肩こり、怠い、重い、風呂でしんどい、冷え(足指、手指)、疲れやすい、目疲れ、光まぶしい、めまい、イライラ、頭痛(少陽経、夕方~夜に多い)ため息、不安(進路)、憂鬱、動気、そわそわ、物忘れ多い、頭ぼー、息切れ、胃もたれ、時に腹痛、食欲低下、失気多い、クシャミ、時に耳鳴、口渇。月経>周期30~90日、量少~量多、血塊(小豆大3個)、暗紅色、経痛強い。脈>RL沈緩、稍滑。舌>淡紅、白稍厚苔、尖稍紅点。腹診>心下痞、臍下両側圧痛。検査>卵巣はPCO様、子宮発育不全5.7×3.3cm、LH13.05 FSH2.82,無排卵周期。弁証は、脾胃不和で気血不足、肝腎不足が主。あと心陰血不足、瘀血で「黄耆5人参5麦門冬10五味子3当帰5芍薬5川芎5柴胡5桔梗5黄連1炙甘草3+竜骨10珍珠母10」を処方。これで半年後には症状が消失したが基礎体温が一相性。海馬補腎丸、覆盆子5で二相性になる。しかし数か月後には反応不良になり、充蔚子5加味で良好が6ヶ月続く、その後充蔚子中止して、劉寄奴5路路通5でも半年良好。つぎに芎帰調血飲と六味丸のエキス剤3包/日のみでも良好になり、治療終了となる。
症例3》30歳160cm50kg。主訴>「生理不順、月経痛」現病歴>13歳より月経周期が36~60日、最近月経痛(腹痛、頭痛、腰痛)が増強してきて来院。既往歴>毎年、花粉症。生活歴>甘食1/2日、睡眠23~7、運動3/w。現症>足指先冷え(体は冷えない)、立ちくらみ、つかれると口内炎、食欲あり、食後眠い。青あざできやすい、鼻水でやすい。月経時の頭痛(少陽経)重い、夕方増強、睡眠時もあり、痛くて眠れない時あり、生理が終ると減る。月経前から経中にかけてある。腰痛、腹痛は夕方増強、朝はない。嘔気動悸はない。
月経>周期36~60、量少~多、鮮紅色、血塊ない、月経痛、ダグラス窩に圧痛。舌>淡白、胖歯根、薄白苔、脈>やや滑、腹診>左右胸脇苦満、動悸少し、診断、検査>子宮内膜症、黄体機能不全、卵巣はPCO様、LH9.16、FSH6.25。弁証は肝経気滞、脾胃不和が主。あと血虚、少しの瘀血にて「柴胡3当帰3芍薬3川芎3香附子3桃仁3紅花3五霊脂3炙甘草3白朮3」を処方。これで諸症状は軽減するが、黄体機能不全は継続。そこで、充蔚子5、覆盆子5、何首烏5を入れると月経周期は二相性で良好になり、妊娠する。
症例433歳152cm45kg。主訴>無月経、腰痛。現病歴>初潮以来、月経は3月~半年に1回。今回は中絶後から半年すぎても月経がないので来院。生活歴>甘食2/w、酒1/w、酎ハイ3、4杯。便1/日、すっきり。尿6~8/日。睡眠0~6:30 運動5分/日。現症>肩凝り、足指先冷え、疲れやすい、目疲れ、目干、腰酸。月経>不規則、量少~量多、血塊(小豆大5個)、経痛強い、腰痛、月経前イライラで便軟。脈>RL滑軟、舌>淡紅、薄黄白苔、腹診>臍左下圧痛、心下胃脘部が稍痞え。検査>卵巣はPCO様、LH7.05、FSH5.35。弁証は、気血不足、肝腎不足、瘀血で「当帰5芍薬3川芎3人参3白朮3黄耆3巴戟天5碇草5延胡索5何首烏5+鹿角膠2」を処方。これで腰痛は軽減するが基礎体温はみだれがち、覆盆子5益母草5含んだ処方で二相性になるがすぐまた乱れる。充蔚子5加味してほぼ一年二相性になる。その後、芎帰調血飲+六味丸で月一回二相性になり終了となる。
症例5》28歳160cm52.5kg。主訴>無月経4ヶ月。現病歴>初潮以来月経周期は60日。23歳から、無月経になると黄体ホルモン、クロミッド、HCG注射などで月経を誘発していた。やめると月経こないので来院する。生活歴>甘食1/日、酒1/w、ビール1.5L、便1/日、軟~バナナ、尿4.5/日。眠0:30~6:30、運動4/w歩行30分。現症>肩こり、疲れやすい、目疲れ(コンタクト)目干燥。食後だるい、眠い。初夏になるとクシャミ、鼻水、体が熱くなる。月経>月経不規則、量普通、鮮紅色、血塊なし、経痛軽い。舌>淡紅、薄白苔歯根、滑苔、舌下細絡すこし。脈>RLやや滑軟。腹診>臍右下圧痛点。
検査>LH14.05、FSH5.7、卵巣はPCO様。弁証は脾虚痰湿、精血不足が主。あと少しの瘀血で「当帰5芍薬5熟地黄3黄耆3人参3鶏血藤3何首烏5牡蠣10覆盆子5益母草5麦芽10+鹿角膠1」を処方。これで症状(食後だるい、目干燥)減少し二相性で良好になるも夏以降乱れ、当帰10益母草15+鹿角膠2にしてから一年間良好。エキス芎帰調血飲+鹿角膠2で一年間良好。その後、未来院。LH/FSHは7.42/7.95になっていた。
症例6》36歳154cm45kg。血圧118/74。主訴>生理不順。現病歴>初潮以来、月経は半年~一年に一回で、32歳で出産。出産後は6~8カ月に一回の月経。他医でホルモン治療すると月経来るが、やめると来ないので当院受診。生活歴>水分1.5L/日(水、お茶)。甘食毎日。便1/2~3日、硬い、力いる。小便6~7/日、睡眠23~0→6.30、散歩15分/日。現症>冷え症。痔核(無痛)。月経>不規則。経血量は普通、血塊ない、鮮紅色。帯下なし、生理痛なし。出産は帝王切開一回。舌>淡紅色、胖、歯根、薄黄苔、瘀斑あり、裂紋あり、先はやや瘀点。脈>RLやや滑、やや数、84/分。腹診>大腹に二本横筋、臍上動悸少し浮。検査>LH9.86、FSH5.46、卵巣はPCO様、子宮発育不全5.8×3.1cm、無排卵周期症。弁証は脾虚痰湿、精血不足、瘀血で「黄耆5人参5白朮5当帰5何首烏5益母草5桃仁3麻子仁10陳皮3熟地黄5覆盆子5~10、王不留行5+海馬補腎丸15錠/日」を処方。これで二カ月周期だが二回高温相出現して、また無月経になる。この後の経過を以下に詳しく検討してみる。一年後には子宮は正常大になる。海馬補腎丸、益母草、覆盆子、王不留行は加味していたが無排卵、無月経が二年続く。充蔚子8鹿角膠2を加味してから一ヶ月後、二年ぶりに卵胞成長し、三ヶ月連続で排卵周期になる。充蔚子中止したら、再び無月経が十ヶ月続く。当帰、覆盆子、益母草、鹿角膠を使用するが無効。充蔚子再開すると、周期は二ヶ月だが排卵周期が続く。卵胞も成長する(16mm)。一年後充蔚子除いて劉寄奴7女貞子5投与にても二相性継続。更に一年後エキス剤芎帰調血飲+六味丸に変更するも二相性継続する。現在単一エキスのみの継続では時に黄体機能不全気味になるので、温経湯+六味丸または 芎帰調血飲+六味丸を交互に内服にて一ヶ月周期の排卵周期が維持できている。
結果>1)弁証により、一般的な補腎剤(熟地黄、山薬、山茱萸、巴戟天、仙霊脾)、および活血剤(当帰、芍薬、川芎、桃仁、紅花、延胡索、五霊脂、牛膝)を使用すると自覚症状が消失した。しかし正常排卵周期に至らないことが多かった(症例1、2、3、4)。
2)排卵周期に導くのに有効だった生薬は補腎剤と活血化瘀剤であった(表2)。補腎剤では海馬補腎丸、覆盆子、鹿角膠、何首烏、枸杞子、女貞子があげられる。ただ、この補腎剤だけでは継続性がなかった。(症例1、2)。そこで有効であったのは活血剤であり、ないしは補腎剤と活血剤の併用である。有効な活血剤では鶏血藤、充蔚子、劉寄奴、路路通、益母草、当帰(多量10g)であった。
3)補腎と活血の併用(海馬補腎丸、覆盆子、鹿角膠、何首烏、枸杞子、+鶏血藤、益母草、当帰)で有効になった例は症例1、2、4、5だが、継続が短かった。継続して良好だったのは充蔚子加味(症例1、2、3、4、6)であり、または劉寄奴5路路通5(症例2)または当帰5益母草5鹿角膠1を当帰10益母草15鹿角膠2に増量した場合であった(症例5)
4)症例4では初診から鹿角膠、何首烏、をいれても反応不良であった。症例6では海馬補腎丸、益母草、覆盆子、王不留行がすべて無効で充蔚子8鹿角膠2が有効であった。充蔚子を除くと排卵がなくなり、入れると復活する現象がみられた。
5)軽症になると、益母草、当帰、川芎のある芎帰調血飲エキス、温経湯エキス+六味丸でも有効であった。(症例2、4、5、6)
考察>PCOの治療では、不随症状が取れても月経異常は変わらないことがある。難治性と言われる所以であるが、黄縄武老師の考え方が参考になる。2)「卵巣が肥厚するのは瘀血と考え、・・活血利水で益母草、沢欄、薏苡仁をいれる。」また上海中薬大学の診断学の锄桂祥教授からは「難治性疾患は、弁証のみでは無理である。弁病も組み合わせてみる必要がある。例えばB型肝炎で弁証が肝郁脾虚、気血不足なら袪湿熱の薬剤は弁証から導けない。しかし、弁病から湿熱の薬剤をいれないと抗ウイルスにはならない。」と直接伺った。PCOを弁病すると、腎虚のため卵胞が成長できず小嚢胞でとどまり、瘀血のために表面が肥厚すると考えられる。それゆえ、補腎剤と活血剤で効果があった。(症例1、2、4、5)活血剤の中では充蔚子がより有効であった(症例1、2、3、4、6)、同一植物でありながら、益母草(全草)より充蔚子(種子)がより有効であった(症例4、6)。これは益母草の効能が活血化瘀に対して充蔚子は活血調経(通経)3)できるからである。通経は本来閉経を治す方法4)で、衝任脈を通じさせる意味である。活血と同義ではない。活血通経作用のある中薬としては充蔚子、劉寄奴、紅花、穿山甲、王不留行、蘇木、乾漆、虎杖、姜黄の生薬があるが3)、紅花、王不留行では効果がみられなかった(症例3,6)。劉寄奴を使用したら効果があった。紅花、王不留行は痛経、閉経に有効で衝任脈に作用するはずだが、PCOの瘀血には有効ではないようだ。同じ活血通経でも対象疾患により使い分けが必要であることを示している。補腎剤のなかでは、一般的な補腎剤(熟地黄、山薬、山茱萸、巴戟天、仙霊脾)では無効で、海馬補腎丸、覆盆子、鹿角膠、枸杞子などの有効性が高かった(症例1、2、3、4、5)。この根拠として、葉天子は「血肉有情の品(海馬補腎丸、鹿角膠)は奇経を補う」5)、としている。朱小南6)は「鹿茸、覆盆子は任脈の気を補い、鹿茸、枸杞子は衝脈の気を補う」としている。
結語>1)多嚢胞性卵巣の治療には弁証に加えて、弁病から補腎活血することが有効である。腎虚のため卵胞が成長できず、瘀血のために表面が肥厚するという弁病である。2)有効な生薬は補腎剤では海馬補腎丸、覆盆子、鹿角膠、何首烏、枸杞子、女貞子。活血剤では充蔚子、劉寄奴、路路通、益母草、鶏血藤、当帰10gである。特に活血通経できる充蔚子、劉寄奴、路路通が有効である。3)軽度になると芎帰調血飲エキスまたは温経湯エキス+六味丸エキスまたは鹿角膠でも有効である。
表2  有効だった生薬(補腎、活血)


1)

肝腎不足、陰血不足

覆盆子5枸杞子5鶏血藤5+鹿角膠2充蔚子7

2)

心虚胆怯、脾気虚

海馬補腎丸20丸、覆盆子5充蔚子5劉寄奴5路路通5

3)

血虚、気滞瘀血、脾失健運

何首烏5覆盆子5充蔚子7

4)

気血不足、肝腎不足

覆盆子5益母草5充蔚子5

5)

気血不足、肝腎不足

当帰10益母草15鹿角膠2

6)

脾虚痰湿、精血不足、瘀血

充蔚子8鹿角膠2劉寄奴7女貞子5

参考文献
1)丸山哲夫:多嚢胞性卵巣症候群、日本産科婦人科学会雑誌、60巻11号、N477~N483、2008年
2)文楽兮:名家医案・婦科病、p220、人民衛生出版社、北京市、2007年
3)凌一揆:中薬学、p157、上海科学技術出版社、上海、2006年
4)李経緯:中医大辞典、p1509、人民衛生出版社、北京市、2012年
5)朱小南:婦科経験選、p203、人民衛生出版社、北京市、2006年
6)朱小南:婦科経験選、p172、人民衛生出版社、北京市、2006年

 
 
 
 
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