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    宮外孕二号方が子宮外妊娠に有効であった症例 梅の木中医学クリニック  川又 正之
日本東洋医学雑誌第52巻第3号 掲載 

緒 言

子宮外妊娠は,急性腹症の1つで,出血過多に なると生命に関わる重大な疾患である。最近では, 超音波機器の発達に伴い,破裂前にみつかること が多くなり,現在の治療法としては,開腹手術, 腹腔鏡手術,保存的治療がある。保存的治療 としては,methotrexateを用い,一時は脚光を浴 びだが,最近では,その副作用と長期観察の必要性から下火になっている。 今回,筆者は,子宮外妊娠に対して,官外孕二号方(丹参15g,赤芍15g,桃仁9g,莪朮6g,三 稜6g)及び,その加味方を用いて,漢方薬のみで,保存的に治療できた症例を経験したので報告する。官外孕二号方は,中西医結合の過程で,山西医学院で作られた処方で報告によれば709例の子宮外妊娠に対して,90%の治癒率ということである。残念ながら,詳しい症例報告は,日本では手に入らず,また,日本国内での文献検索では、漢方薬による子宮外妊娠治療例はl例もなかった。

図1
症 例
症例:24歳,女性
現病歴:3年6カ月不妊。
他医にて,約2年間治療したが妊娠ぜず,H11年3月18日当院受診。右卵管通過不良で高PRL血痕のため,クエン酸クロミフェン(l50mg/日),メシル酸プロモクリプチン(2.5mg/日),当帰芍薬散エキス(7.5g/日)にて加療するが妊娠に至らず,Hl1年12月より湯剤開始。(当帰8g,芍薬6g、川芎6g,紅花3g.丹参3g,香附子6g、益母草6g、莪朮3g、桂枝3g、附子2g、甘草3g)を使用する。
H12年5月、妊娠に至る。しかし,その後,子宮内こ胎嚢(以後GSとする)確認できず妊娠6週にてGS(-)のため入院と なる.
図2
経 過
妊娠6週0日(以後6WODとする)にて,入院安静するが,子宮よりの外出血は,ほとんどなかった。7W0D夕食後より,右下腹部痛が出現する。うずくまる程の疼痛で、内診にて,ダグラス窩、右子宮附属器周辺に圧痛を認める。Blum-bergsign 陽性。経膣エコー(以下USG) にて,子宮内にGSなく,ダグラス窩に液体貯瘤認める(図 1)。右卵管膨大部が,やや肥大しており,中にGS様エコーを認める(図2)。ダグラス窩穿刺にて,血液3ml吸引でき,一時間放置後も凝血はなかった。RBC472Xl0⁴/ul、BC80X10²/ul、Hb14.4g/dl、Ht43.2%であったのと,痛みは,坐薬(diclofenac sodium),時には,pentazocine注射にて軽減していたので,同日より湯剤を開始する。処方には,宮外孕二号法で、丹参15g,赤芍15g,桃仁9g,莪朮7g、三稜6gを1包として,1日2包を煎じて服用する。・投与4日目より、暗赤色の外出血が少しずつ出現する。尿中HCG値は,入院時(6W4D)365mlu(正常値2.5mlu/ml未満)であったのが、7W4Dには69mlu/ml,8W3Dには58mlu/と低下してきた(図3)。9W 6Dでは,子宮内の脱落膜は,USG上ほとんど 消失していたが,少量の外出血は持続しており,性状が暗黒色で非常に粘調になってきていた。RBC473Xl0⁴/ul、 Hb14.2g/dlと良好であったので,外来にての経過観察とする。湯剤は1日1包に減じた。
外来通院中,右下腹部痛は軽度であったが一 度歩けない位,痛みが増強して,翌日(10W4D)来院すると,WBC76X10²ul、RBC421X10⁴/ul、Hb12.5g/dl、Ht38.8%でダグラス窩圧痛、右下腹部痛、Bhumbergsign軽度陽性であった。坐薬にて痛みは軽減していたので外来観察続ける。この頃,尿中HGC値280mlu/ul(9W4D)と再び上昇していたことが後で判明した。11W0D再び右下腹部痛が、増強して受診。WBC48x10²/ul、RBC354X10⁴/ul、Hb10.2g/dl、Ht32.5%と貧血傾向を認め,右附属器周辺に,長径6cm程の擬血塊様の不規則エコーを認める。尿中HCG値245mlu/ul(10W2D)と高めであったので,手術予定として入院となる。ところが,腹痛は,坐薬で自制内であったのと,本人も薬で治したい希望が大であったので,いつでも救急手術できる用 意をして様子みる。湯剤は,再入院後1日2包として,1亀に香附子7g,田三七5gを加味した。子宮出血は、少量ずつあったりなかったりで,暗黒色で、非常に粘調であったが、入院前に特に増大しておらず、Hbの低下は内出血によるものと考えられた。再入院3日目より外出血は、ほとんどなくなり、貧血治療も効あって、退院時(12W0D)にはHb12.4g/dl、RBC418X10⁴,Ht31.5%にまで軽快し、尿中HGC値も処方はそのまま継続して、13W3Dには、尿中HCG値2.5mlu/ul未満妊娠反応(-)となった。右下腹部の不規則エコーは、直径4.5cm位に縮小していた。(図4)その後も妊娠反応(-)にて、14W3Dには湯剤終了する。
その後は、しばらく芎 帰膠芠湯エキス3包/日を投与する。15W1Dにあたる時点で,月経が出現し,4日間で終了する。それから2週間後の外来診察にては,右不規則エコーは,全く消失していたその後,月経周期は順調に再開している。
図3
 
図4
考 察
子宮外妊娠は,下腹部血瘀の実証に属するものである。弁証分類すれば,主に,気脱型と瘀血型に分けられる。気脱型は「月経が遅れて,時々、膣出血、突然下腹部の激痛,顔面蒼白,四肢の冷え,冷汗淋滴,煩燥不安,脈は微細で止まりそう又は,沈細数、舌質淡,舌苔白。」であり,これは子宮外妊娠の破裂直後で,急性失血の状態にある。この場合は失血性ショックなので,西洋医学的な迅速なショック改善治療と,手術が必要になることが多い。瘀血型は,「膣出血が淋滴として不順。突然下腹部に疼痛が生じる。少量の陰血が,徐々に,内にあふれる。下腹部が膨満して硬く,しかも拒按するが,腫塊は著明ではない。舌質暗,脈弦渋。少数の患者では腑実証を伴う。」であり,卵管妊娠の流産型にみられる。超音波機器の発達に伴い,子宮外妊娠の破裂前に発見することが多くなったので,気脱型となる前の瘀血型で発見できることが多くをなったといえる。ただし,卵管問
間質部妊娠,奇形子宮の妊娠,腹腔妊娠の者は手術の適応とされるので,USGによる判別が事前に必要である。子宮外妊娠は、卵管膨大部に発生することが多く、筆者の例もその一例であり、瘀血型とすることができる。ただし、舌診は淡紅、少苔で、静脈怒張はない。脈は平脈であった。舌脈に瘀血の所見がまだ現れていなかったともいえるが、腹診では、瘀血圧痛点は著明であった。代表方剤としでは、気脱型には,独参湯、または,生脈散(気陰両脱の場合)等があげられる。瘀血型には、活絡効霊丹があげられる。この方剤は張鍚純が著した「医学衷中参西録」にあり、この著は中西交流派の代表作とされている。活絡高霊丹は(丹参15g,赤芍15g,桃仁15g、乳香15g、没薬15g)よりなり活血化瘀、通絡止痛の効能を有する。ただし乳香,没薬は,悪心,嘔吐を引き起こしやすく,また,それによって腹圧は増加し、出血は繰り返しやすくなる。それゆえ,それらを除いてできたものが,宮外孕方(丹参15g、赤芍15g,桃仁9g、)である。これは,山西医学院で;中西医結合の過程で作られたもので,さらに,破血隧瘀の莪朮6g,三稜6gを加味したものが,宮外孕二号方である。山西医学院では,宮外孕二号方を709例の子宮外妊娠に用いて,90%の治癒率という報告をしている。宮外孕二号方は,血管を拡張し,血流量を増加させて,貯留した血液や血腫を吸収する。また,血管透過性を増加して,貧食細胞を組織内や血腫内に遊走させて、貪食能を高め,線溶系活性を促進し,ついには,血液や血腫を完全に吸収排除することが確かめられている。とくに,莪朮,三稜を加えると,線維溶解活性は増強し食細胞の凝血塊周囲への凝集が促進され,凝血塊の除去に意義があるとされている。
本症例では,宮外孕二号方を使用したが,投与と供に,外出血と尿中HCG値の低下がみられており,これは投薬によって,妊卵が,吸収,貪食,排除され,そして,子宮脱落膜が排出されていったことを示す。特にその経過中,9W6Dには子宮内膜エコーは、ほとんどなくなり、子宮脱落膜は比較的早期に排出されていったが,外出血は持続していた。これは、卵管に残存する妊卵の吸収,排除によるもので11W中頃まで続いていた。その性状は暗黒色で非常に粘調なものであったが,まさに、それは瘀血を示していた。また一方,湯剤の半減とともに,再び尿中HCG値が上昇したが、再入院後,湯剤を増量すると,尿中HCG値が下がり始めた。これは,投与量に関係していることも示唆される。また、再入院後、外出血が減じてきたのは、香附子、田三七を加えて理気活血、化瘀 止血の効果が高まったことによるものと考えられる。
ところで、子宮外妊娠は、自然吸収されることも報告されている。その報告では,入院3~4週経過しても妊娠反応がつづき,附属器周囲の圧痛と膨満感があれば,手術を必要としている。本症例では,入院4週後の妊娠11週に.右下腹部痛増強、貧血,・腹腔内に腫塊をみとめているので,その報告に基づくと,手術適応例に相当すると考 えられる。
本症例は.,救急手術をいつでもできるように考慮しながらの治療ではあったが,漢方薬のみで,子宮外妊娠を無事治療できた貴重な症例である。


 
結 果
(1)子宮外妊娠,24歳女性に対して,宮外孕二号方及びその加味芳投与にで,手術することなく 治療できた。
〈2)湯剤の投与量と尿中HCG値の変動が相関することが示唆された。
(3 文献検索にでは∴国内では,子宮外妊娠に対する漢方治療例は認められなかった。
文 献
1)村川晴生,吉谷徳夫他:子宮外妊娠に対する腹腔鏡下MTX局注療法,産婦人科の実際42 .(3),433一437(1993)
2)曽我賢次,田中俊哉:子宮卵妊娠に対する保存的治療,琵婦人科の実際42(8),1223-1227(1993)
3)宮崎幸雄,椎名美博他:日産婦誌35(4):P489、1983
4)宮川マリ・:瘀血および活血化瘀法の源流と, その臨床応用、原理研究の発展、漢方の臨床28(4)、242~244(1981)
5)黒竜江中医学院・:中医婦人科の臨床応用 p247-257,雄渾社京都(1986)
6)真柄正直:最新産科学異常編,p18 文光堂、東京(1982)           ‘
7)上海中医薬大学:申医方剤学,p167、中国伝統医学教育センター,大阪(1998)
8)神戸中医学研究会:中医処方解説,p106、医歯薬出版 東京(1996) 
9.)Lund J Early Ectopic Pregnancy. J ObsetGynecol Br Emp、62:70、1955m
要旨
子宮外妊娠は,最近、超音波機器の発展に伴い、破裂前に発見できることが増えている。子宮外妊娠は、気脱型、瘀血型に分類されるが、卵管膨大部妊娠の破裂前は、瘀血型と考えられる。今回、筆者は、瘀血型の症例に対して、宮外孕二号方及びその加味方(丹参15g、赤芍15g、桃仁9g、莪朮7g、三稜6g、香附子7g、田三七5g) 1日2包服用を使用して、手術することなく、無事治療できた。文献検索では、日本での子宮外妊娠漢方治療例はなかった。
キーワード:子宮外妊娠、宮外孕二号方、瘀血
 
 
 
 
 
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