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    虚証における圧痛 平成26年8月10日
 

1)一般に、実証ないし虚実夾雑証(実邪あり)であれば腹診のとき拒按である。実用中医内科でも腹痛の弁証として実寒腹痛、虚寒腹痛、実熱腹痛、気滞腹痛、瘀血腹痛、食積腹痛があり、喜按があるのは虚脘腹痛のみである。
A


虚寒腹痛

腹中時に痛み、綿々と休みなし、按じると痛み減る。面色華なし、疲れ、畏寒、気短、舌質淡、苔白、脈細無力

小建中湯、芍薬甘草湯、
当帰建中湯、黄耆建中湯、
大建中湯、当帰四逆湯、
温脾湯、理中丸

 

2)そこで小建中湯加減を使用した症例を、大塚「漢方診療三十年」から抽出した。  
表1:小建中湯加減使用例   番号は圧痛あり


症例

主症状

腹診所見

処方

6-1腹痛、便秘
心下痞(痛)

腹痛、便秘
腹脹;43才、女

腹部膨満感、どこを圧しても痛む

桂枝加芍薬湯

13
慢性腹膜炎の少女

8女、慢性腹膜炎。2月前より元気ない、疲れ、軽い腹痛、便が7~10でない、食欲減少

腹部少し膨満して抵抗、臍周囲に圧痛

小建中湯

16-2胃癌末期心下痛

60男、痩せて血色よくない、激しい胃痛と嘔吐。胃癌末期。(胃潰瘍疑い)吐物には血まじる、

腹壁全体が板のように硬い

小建中湯で治癒

18腸重積手術後の腸ねん転、

3歳、3月前から発作性に腹痛、嘔吐。毎日続き、時に下痢。徐々に衰弱する。顔色悪い

腹部は一体に膨満、腹痛部位は一定せず上下左右に動く。圧痛はない。

小建中湯で症状は改善したが死亡した

24結核性腹膜炎

50、女、40日前から38.39度の熱、1月前より腹膜炎、食欲なく衰弱、

腹部は全般に抵抗圧痛、膨満感ある。脈細弦、やや数

黄耆建中湯

27頑固な大腸炎

27女、1年前から大腸炎繰り返す。下痢で渋り腹、粘液と血が出る。不爽快。月経1年ない

腹直筋拘攣、左腸骨窩に索状の抵抗圧痛

当帰建中湯

28掻破後の腹膜炎

32女、掻破後腹膜炎、血塊、帯下、右下腹痛、寒いと酷い、右腰から下肢が冷える、頭重疲れ

腹部は膨満、圧重感、右下腹部は圧痛、重苦しい

当帰建中湯

40冬に腹痛

57男、胃潰瘍の手術後下腹がひきつり、疲れると下痢、冬になると下腹部痛、夜に激しく不眠

腹直筋攣急、臍上で振水音、腹部は軟弱、按圧するとグル音

桂枝加附子湯

41発作的に上腹部に痛

43男、発作的に上腹部に痛み胆石といわれる。みぞおちが時々痛み、元気ない、盗汗あり

腹部軟弱でみぞおちには全く抵抗触れない、胆嚢部に強圧して微圧痛

桂枝加附子湯

49子宮脱

色白い女、下腹部の膨満と腹痛が主訴。脈は沈小、便1/日、冷え症、冷えると症状増悪、

下腹部かるく膨満、臍右から右鼠蹊部に引きつる痛みと圧痛、腰痛、

当帰四逆湯

結果:表1より虚寒腹痛の10症例においては、圧痛あり7、圧痛なし3で「喜按」の記載はなかった。圧痛場所は、腹部全体、胆嚢部、下腹部の一部および臍周囲である。 表1

3)大塚敬節は、「虚寒腹痛で圧痛がある症例」の解説で次のように述べている。「『腹満があってこれを按じて痛むものは実であり、痛まない者は虚である』の金匱の条文は無条件で参考にしてはならない」

4)「漢方診療三十年」から腹診記載のある217症例の分析を分析した
→表2、
表3  表2の集計表

 

圧痛あり

圧痛なし

実証

25

33

58

虚実挟雑

20

83

103

虚証

8

48

56

53

164

217

 表3において「実証と虚証」および「実証+虚実挟雑と虚証」についてχ2乗検定すると、共に有意差あり。χ2値11.50とχ2値4.20(χ2(0.95)=3.84)つまり、圧痛所見は実邪を見つけるのに有意である。

5)実邪を見分ける手段としての腹部圧痛所見
表4  圧痛の感度、特異度

 

圧痛あり

圧痛なし

 

実証+虚実挟雑

45

116

45/161 感度27.6%

虚証

8

48

48/56 特異度85.7%

53

164

217

表4より、実邪を見分ける手段としての腹部圧痛所見は、「感度が低く、特異度が高い。」ここでの感度とは実邪を見分ける確率であり、特異度とは圧痛があった場合それが実邪を持つ(実証または虚実夾雑証である)確率である。

6)表5「虚証で圧痛ある症例」
腹診症例217全症例中、8例のみが「虚証で圧痛」あり、その内7例は虚寒腹痛であった。


6-1腹痛、便秘

桂枝加芍薬湯

13慢性腹膜炎の少女

小建中湯

24結核性腹膜炎

黄耆建中湯

27頑固な大腸炎

当帰建中湯

28掻破後の腹膜炎

当帰建中湯

41発作的に上腹部に痛

桂枝加附子湯

49子宮脱

当帰四逆湯

282脳出血による歩行困難>71歳婦人。軽い脳出血後から右足の運びが悪い、時に転倒。小便が快通しない。食事多いと腹脹して尿不利

八味丸(右の下腹部に圧痛)
腹診は「左右の腹直筋が拘攣して、事に右の下腹部に圧痛」口渇、脈弦有力。血圧200

 

7)中国と日本の腹診所見の差異

 

中国

 

日本

漢以前

霊枢>「痛甚不可按者、或いは按じると痛み止む者あり」「寒気が経脈に客すると、痛甚不可按者。腸胃に客すると小絡急引して按じると血気散じてゆえに按じて痛み止む

 

傷寒論
小建中湯201>虚労裏急、悸、鼻血、腹中痛、四肢酸痛、手足煩熱、咽乾口燥、
金匱p213>
「腹満で按じて不痛は虚、痛めば実」
p222
「綮气で脇下痛これを按じると癒ゆ
→按じて癒えるのは揉法の可能性大

雑病広要>朱丹渓「丹渓心法」
腹痛で、重按できるものは虚に属す。人参白朮乾姜桂枝が良い。按じることができない者は実に属す、芒硝、大黄でくだす。

 

1640
1)張介賓「景岳全書」
p288、
心腹痛の者には痛みに虚実ある。
「但当察其可按者为虚按者为实

江戸

 

 

1)診病奇侅
●「一般に脾胃気虚のときは中脘を按じて力なく泥のようにくつくつとして力なく潤い無い。また腹力が総体的に弱く、中脘に動気がちくちく」
● 肋下から下方に板のように支えるもの(心下支結)は按じて痛む、脾胃の虚による大事の痞である。
2)腹証奇覧:小建中湯>258、腹部肌肉緊張、あんじると緊で弦の様。

清1766

愈根初「通俗傷寒論」p150
おおよそ腹満痛で喜按するものは虚に属す。袪按するものは実に属す。
●これ以来、虚は喜按が定着。

江之藍

p1104(雑病広要)
按之痛者為実、不痛為虚。

明治

明治11年>浅田宗伯、方函口訣106、小建中湯
「中気虚して、腹中の引っ張り痛を治す.建中は脾胃を建立するの義なり。血の渇き、俄かに腹皮の拘急するものにて強く按ぜば、そこに力なく、琴の糸を上より按ずるごときなり、」

近代
中医腹診用薬

p154脾胃気虚の腹中拘急「腹中拘急、喜按、按腹軟弱、あるいは心下に動悸触れる。食欲不振で無力、舌質淡、脈弱」に黄耆建中湯、補中益気湯使う。

大塚敬節

症例6>大塚p78>
●「腹満があってこれを案じて痛むものは実であり、痛まない者は虚である」の金匱の条文は無条件で参考にしてはならない。●虚証の者は腹が張っていても、弾力や底力がとぼしく、脈に力がない。

 

 

小川

小建中湯166>「腹症は・・・下腹を正按して痛みある者とういうのが正解である」

結果:日本式腹診では、虚証であっても圧痛所見がある。
7)中国式腹診について
表8


揉按

手指または手掌でおさえて、按じながら揉む(辺按辺揉)
腹痛、腹脹、硬満にもちいる。中按で病変部位を確定した後
さらに進めて揉按の反応をみて病変の虚実を決める。これはまた中医物理療法の一つでもある。

揉法(推拿学p20)>「手指または手掌で身体のある部位をもむ方法。指と掌を皮膚にぴったりくっつけて移動しないようにし、皮下組織が指または掌で揉むことによって動くようにする」
中国式で案じて虚実をきめるのは、揉按が主で中医物理療法の一つでもある。ゆえに喜按も生じやすい。日本式では揉むという動作がないので喜按は生じにくい。
結果①中国式では中按で病変部位を確定した後、揉按して病変の虚実を決める。
②「拒按とは拒揉按であり、日本の圧痛と同義ではない」

 

8)「喜按、拒按の記載のあった14例(拒按9例、喜按5例 )」の検討症例を再検討是正

虚証

実証

虚実挟雑証

圧痛

A)15)胃虚気寒(十二潰)
 >圧痛で喜按

 

脾陽虚胃陰虚瘀血(胃炎)
脾気虚肝火犯胃(胃炎)

拒按

 

瘀血入絡、瘀久生毒(胃炎)
瘀濁瘀血阻胃絡(胃潰瘍)
瘀血内結中焦 (胃潰瘍)

中虚気滞(胃炎)
寒熱錯綜、中焦痞阻(胃炎)
久痛入絡、寒熱錯綜 (十二潰)

喜按

気血両虚陰傷(胃炎)
脾腎陽虚 (急性胃炎)
中焦虚寒脾胃失和(十二潰)
中焦虚寒(胃潰瘍)

中虚気滞(胃炎)

表中のA)の症例15)では、胃気虚寒(十二指腸潰瘍)で、「痞悶圧痛ありて、内服軽快。6日で薬止めると再発して痞悶して喜按であった」という。「圧痛で喜按」の症例と言えよう。処方は党参15白朮15乾姜9炙甘草12桂枝12。
結果:「虚証でも圧痛で喜按」の症例もある。

考察>
1)漢方診療三十年の腹診全症例217例から、圧痛所見を検討すると、実証では圧痛が多く、虚証と比較して有意差があった。実邪を見分ける手段としての腹部圧痛所見の感度は27.6%、特異度は85.7%であった。つまり腹部圧痛所見は実証又は虚実夾雑証を有意に示唆するが、実邪を見分けるには感度が低いという認識が必要である。

2)一方217例中、虚証で圧痛が8例あり、その全てに喜按の記載はない。厳密に言えば、揉按をしていないので拒按か喜按か不明である。中医学では、「中按(中手)で病変部位を確定した後、揉按して病変の虚実を決める。6)実際には、指と掌を皮膚にくっつけて移動しないようにし、皮下組織が指または掌で揉んで動かす。」7)こうして拒按、喜按を判別する。中按して圧痛があっても症例A14)のように喜按になる事もある。筆者は揉按を腹診に取り入れるようにしてから「圧痛で喜按」の症例を時々見かける。揉按は、治療の一環にもなるので「按じれば痛み止む」10)「按じれば癒ゆ」8)という事もある。これらは素問、金匱要略にある事に注目すべきである。

3)圧痛あれば実邪を示唆するのになぜ喜按になるのか。これについて解説した書はまだ見かけない。そこで小建中湯証を例に考えてみる。結果5で示したように日本漢方では虚証でも、圧痛ありとする。小川氏も「小建中湯の腹症は・・下腹を正按して痛みある者とういうのが正解である」4)とする。本草備要の芍薬16)(小建中湯の主薬)の項では、「脾虚腹痛では営気が順行せず、肉に営気が溜る。」「芍薬は漏れでた営気を血管に戻す」事により痛みをとると解説する。それで筆者は「小建中湯の証は虚寒腹痛であるが、病機的(営気が溜る)には邪の要素もある。それゆえ圧痛あるが、本は脾虚であるので喜按」と考える。

4)圧痛がある場合、大塚は虚の弁別には「虚証の者は腹が張っていても、弾力や底力が乏しく、脈に力がない。」1)としている。それも参考になるが通常の腹診に揉按法を組合せればより精度が高まるといえよう。

 

 
 
 
 
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